読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ITペンギンの子育て日記

外資IT企業に勤めるアラサー、二児の母。悶々と迷い事絶えない性格でしたが、娘が産まれてから物事を肯定的に捉えられるように変わった気がします。日々感謝。

出産体験記②(陣痛~出産)

母親のお腹の張り具合と胎児の心拍数をモニターするためにお腹にセンサーが二つつけられたいた。
お産前に膀胱と大腸は空にしておいたほうが良いというのを聞いていたので、尿意を催すとナースコールを押して看護師さんを呼び、センサーを外してもらってトイレにいった。
おしるしのときよりもっと多い出血があった。出血といっても、粘度が強くて生理3日目くらいの量。私の体はお産の準備に向かっているんだと実感がわき、ごくりと 唾をのみこんだ。
臨月後期に入ってからは尿意で二度三度夜中に目が覚めていたから、あと何度かあるのだろうと思った。

 

お腹の痛みが強くなってきた。念のためにiPhoneのメモ帳に陣痛の間隔を記録していく。
22:15から20分おきに3回。10分~15分おきが7回、5分おきが3回。
0:23には2~3分おきになり、陣痛が来るたびに夫に背中をさすってもらう。

1:15頃、やばいと思って2度目のトイレに行く。尿意もそうだけど、これ以上間隔が狭まったら行くにも行けない。ナースコールをしてセンサーをもう外して貰い、また陣痛が5分間隔であることを伝える。
命がけのトイレ。LDR室の近くには1つしかトイレはなくて、もし他の人が入っていたら私は廊下で待ちながら倒れていたのでないかと思う。また出血あり。今回はさっきよりも多くてどろっとしている。

 

LDR室に戻ると、どうせ翌日の昼頃まで進展はないだろうと思われていたので、助産師さんからセンサーはもう付けなくていいと言われた。トイレに行くたびにナースコールされたらたまったものではないと思われたのでしょう。また、モニターで陣痛間隔の記録をとっているから、自分でメモしなくて言いといわれた。これで携帯はもう手放す。

 

内診によると、まだ子宮口は半分も開いていない。まじか。
昼まで陣痛をこの頻度と痛さで絶えるのかと絶望して「無痛にしてもらえないか」と懇願する。
自然分娩希望でも、あまりに耐えられそうにない場合は直前のサインで麻酔をうってもらえると最後の妊婦検診で聞いていたのだ。

しかし夜間の場合、当直の看護師と助産師以外誰もいないのでできないと断られる。
助産「自然分娩を希望したのでしょう?夜だしできないわ」
絶望する。朝まで?昼まで?下手すると夕方までこのまま耐えるの?
自然分娩を推していた夫を恨む。自然分娩で希望を出した自分を恨む、後悔する。

「絶対次は無痛だ・・・。ありえない、こんな痛み」心でつぶやく。
朝一番の内診で先生に無痛をお願いしよう。それまでがんばろう。がんばろうがんばろう・・・。

助産「まだまだこんな痛さじゃないから。痛みを逃すためには深呼吸をしなさい。声に出しちゃだめよ」

ぐっと下唇を噛んで、耐えた。「辛抱のできない子」と思われたような悔しさから、それからはお産まで一切「痛い」とは言わなかった。
でもどんどん陣痛の波は短くなり、大きく私を襲う。

 

頭の中にはいろいろなことが浮かんでは消える。
悲惨な海外のニュース、事件、歴史、その中で亡くなったであろう多くの幼い命、私はなんて恵まれた状況で陣痛に耐えているのだ。
体も健康で、これまでなに不自由ない妊婦生活を満喫してきた。
家族はみんな優しくしてくれた、職場の人も、友人も、見知らぬ人からも親切にされた、これまでも幸せな結婚生活だった、隣には一晩一緒に居てくれると言ってくれた夫がいる、二人で望んだ子だ、これまで何度も夫と子供について語り合った、ナースコールを押せば助産師さんがきてくれる、分娩室もキレイで清潔で、お産に望んでいる妊婦も私一人だ、正期産だ。

不安に思うことは何もない。大丈夫だ。

 

そう言い聞かせながら意識朦朧、痛みが来ると片手を挙げて夫に背中をさすってもらい痛みが去ると止めてもらう。もう余裕はなく、「お願いさすって」とも「ありがとう」とも口に出ない。夫も2分間隔になってからは自然に合わせてさすってくれる。
ありがたい。ほんと今ふりかえってもありがたい。夫がいなければ発狂していた。

2時過ぎからいきみたい気持ちが高まってくる。でも子宮口が最大にならないといきんではいけない。いきみたい、でもいきんじゃいけない。

私が辛い以上にお腹の赤ちゃんは圧迫されて辛いのだ。しかも彼女はこれから自分におきることは知らない。私はこれから起きることを知っている、赤ちゃんに会えるのだ、私は赤ちゃんの母親だ。

だから、怖いことなんて何もない。大丈夫だ。

 

2:30頃、またナースコール。
私「いきみたいんです。陣痛もずっと2分おきにあって・・・」

助産師「では3時頃に内診しましょう。」
いや、もういきみたい。子供の頭が出てこようとしているのを感じるし、いきまないことが不可能。

そして私は既にいきんでいた。いきまないと、息ができないのだ。
ベッドの取っ手を握り締め、陣痛の波にあわせて腰を浮かせていきんでいた。

 

ナースコールをする。時刻はちょうど3時頃。夫は「え、また呼ぶの?」という空気。「いきみたいんです。」と伝える。本当は喋るのも辛い。

3時過ぎ頃に先ほど内診してくれた助産師さんが来てくれた。もう、辛抱のできない子ねという空気。
内診にパジャマの裾をめくられた。ぺらっ。そして、内診もなしに「お産の準備をしましょう」と。

もう頭が見えているんじゃない?それくらい股に子供の存在を強く感じる。子供にこじ開けられている感覚がある。看護師さんとてきぱきお産の準備。立ち会う夫にもエプロンのようなものが渡されるも、着方が間違っていたらしく助産師さんから指摘される。

思わず「こんな時に手を煩わせるなよ・・・!」こちらは余裕なく、そんな数秒の間すら許せなかった。

 

お産の準備が済むと、そこからはあっという間。

3~4回いきんで、娘は生まれました。

3:19。体重3324g、身長50cm、頭位30.5cm。ちょうど直径10cmほど。

 

夫は感動して泣いていた。

生まれる瞬間、出てくる感触、部屋に響く産声。私は感動というよりも、展開についていけず、「ああ、これがお産・・・?終わったの・・・?」と放心状態。娘は別室に運ばれて体を洗われおくるみに。

そして、母体のほうも産後処理に。
いつのまにか部屋の中にいらしていた院長先生が裂けた会陰を縫い、助産師さんがお胎盤を押し出すためにお腹を圧迫。
糸が切れた私はこれまで声を殺していたのに、思わず「あうっあうっ!」と間抜けな悲鳴をあげた。

そして綺麗になった娘が戻ってきて、私の顔のすぐ左側においてくれた。
泣き止んで、潤んだ目でこちらを見ている。ああ、もう目が見えるんだ・・・。途端に感動が沸いてきた。
赤ちゃんだ、私が産んだんだ、生まれたんだ、娘なんだ、、、

出血量は810ml。お産にかかった時間は4時間30分、分娩自体は5~10分程度のスピード出産であった。

後日、助産師さん、看護師さんからとても静かで上手なお産だったと褒められた。
陣痛の痛みに耐える時もほとんど叫ばず、泣かず、暴れず。(だから、ギリギリまでお産と思われず放置されてた?)


意識していたわけではないけれど、ソフロロジー式出産となった。

1)陣痛は子どもが出てくるために必要なエネルギーである。
2)どんなに苦しい陣痛も必ず終わりがある。
3)自分よりも子宮から押し出される子どもの方が必死である。出てこようとする子どもと息を合わせる。
 陣痛の波が押し寄せるたびに、こんなことを考えて耐えていた。
予定日から遅れたこと、破水から始まったことで陣痛を「やっときた!」とポジティヴに受け止められたことも大きいかもしれない。